
INCredible COFFEE
開店: 2020年2月
業種: コーヒースタンド
地区: 東京・高円寺
オーナーのモットー: 多少の雨なら差さない傘
Text & Photo: Atsuko Tanaka
若者や海外観光客からも注目を集める街・高円寺。個性豊かなインディペンデントショップや飲食店が軒を連ねるこのエリアに、コーヒースタンド「INCredible COFFEE」は店を構えている。
オーナーの三浦氏は、福岡県久留米市の出身。中学生の頃にヒップホップと出会い、KREVA、RIP SLYME、Zeebra、SCARS、ANARCHYといったアーティストや、映画『8 Mile』『You Got Served』から大きな影響を受けたという。
なかでも特に心に響いたのは、ラッパーSEEDAのリリック「生き急ぐハイペースが俺のマイペース」だった。他人のペースに合わせる必要はない、自分らしく進めばいい。そう思えたことが大きな転機となる。学生時代に打ち込んでいた野球を24歳で辞めたのを機に上京。そこから人生は新たなフェーズへと動き出した。
― 上京した理由は、野球を辞めて何か新しいことを始めたかったからですか?
いや、同じ大学の友達が東京にいたからです。吉本に所属していたお笑い芸人で、「おふろ」の早崎と井上ステーキってやつらなんですけど、そいつらがいたからなんとなく来ただけで。うちは実家が飲食店だったんで、「じゃあ飲食で何かやろうかな」くらいの軽い気持ちで、最初は銀座のイタリアンで働きました。キッチンとして入ったんですけど、料理を作るのがそんなに好きじゃなかったので、半年くらいでサービスに移してもらいました。そこにコーヒーマシンがあったんですが、教えてくれる人がいなかったため、夜はそこを手伝いながら、六本木の「アンティコカフェ」ってところでも働くようになりました。
― カフェで働いてみてどうでしたか?
めちゃくちゃ忙しい店舗でしたけど、野球をしてた頃のように、実戦を積みたかったんです。そこで3年くらい働いて、いろんなことを学ぶなかで、「コーヒーってあまりお金にならないな」って実感して。やっぱり自分はサービスマンだなと思って、次は日本人が僕しかいないという、面白そうなブラジルレストランへ。そこでサービスマンとして4年間働きました。マネージャーにもなったけど、最後はオーナーと大ゲンカして辞めました。とはいえ店を開業する軍資金はなし。当時28歳くらいだったと思います。その後貯金しようと思って給料の良いトラック製造の工場で働き始めて。さらにピザ屋でもバイトして、毎日睡眠は3時間くらい。1年くらいは地獄のような生活でした。
― それはハードですね…。
はい。やりたいことじゃなかったんで、最後の方は枕に顔突っ込んで叫ぶくらいしんどかったです(笑)。でもお金を溜めてない自分が悪いので、1年間貯めるという修行期間を作りました。そしてお金も貯まったし、お店を出すかニューヨークに行ってサービスマンするか迷っていた時、ずっと通っていた新高円寺のコーヒー屋「Coffee AMP The Roaster」の江木さんから、店をやってみない?って声をかけてもらって。紹介していただいた不動産屋さんもすごく面白い人で、良いご縁をいただいて。根拠のない自信だけで、迷わず開業しました。
― オープンは2020年2月。まさにコロナの始まりと重なりますよね。
そうです、2月22日にプレオープンイベントをやったんですけど、ちょうどコロナのニュースが広がり始めた頃でした。でも、結果的にはコロナのおかげで売上がすごかった。あのときの売上は、いまだに超えられてないくらいです。高円寺ってベッドタウンだから、普段は働きに出てる人が多いんです。コロナで在宅勤務になって、散歩ついでにここを見つけてくれたんだと思います。
― 店のコンセプトは?
特に決めてないんですけど、強いて言えば「三浦のリビング」ですね。僕、店舗の近くに住んでるんで、店がリビング。友達とか、これから友達になるかもしれない人と遊べたらいいなという思いで。僕自身が飽き性なので、エスプレッソマシンの配置だけを決めて、それ以外は内装も自由度高めにしてます。柔軟にしておかないと自分が苦しくなるんですよ。そのとき自分が好きなことをやれる店でありたいから、骨組みだけ用意して、あとはどんどんつけ足していく感じです。
― 人気メニューはなんですか?
夏はエスプレッソトニック、冬はホットのカフェラテがよく出ます。
― コーヒーへのこだわりは何かありますか?
「美味しいコーヒーを出す」ことですね。うんちくを語るのはあんまり好きじゃないし、こだわりは自分たちの中にあればいい。うまいか、まずいか、その二択だと思ってます。もちろん豆にもこだわってるし、エスプレッソもカフェラテも誰にも負けないと思ってるけど、最終的にはお客さんの味覚じゃないですか。僕はサービスマンとして、お客さんが何を求めてるかってことに振り切ってるかもしれないですね。
― 他にもいくつか店舗があるそうですが、そちらのオープンはいつ頃?
新橋は2021年10月です。高円寺店の不動産屋さんの本社が新橋にあって、「こっちでもどう?」って声をかけてもらって。高円寺を出した時点で、次にやるならビジネス街がいいなと思ってたので、ちょうど良かったです。テイクアウトのみで、めっちゃ狭いんですけど、今ある6店舗の中で一番忙しい店ですね。上野は2022年の5月。新橋で知り合った店舗ビルのオーナーの方から声をかけてもらって。駅からちょっと遠いけど、面白そうだなと思って始めました。ホテルの1階で朝食をやらないといけないんで、そこだけフードを出してます。あと、渋谷は2024年5月で、オフィスビル内に3店舗あります。
― 全てご縁でオープンすることになったんですね。
そうですね。今後も「こんな場所あるけど、どう?」って来るんじゃないかと思っています(笑)。自分の中では渋谷か原宿と、韓国、そしてニューヨークにも出店したいと思ってます。国内と韓国はなんとなく見えてきたけど、ニューヨークは夢のまた夢ですね。
―なぜ韓国とニューヨークに?
韓国は、ただ韓ドラ好きだからっていうだけです(笑)。あとインクの雰囲気は韓国に合ってるんじゃないかと思っています。そしてニューヨークは、目指して実現できたらかっこいいから。それにヒップホップの聖地なんで。そんな感じで深く考えてるわけじゃなくて、「やりたい」と思ったら向かうだけ。僕はお金も欲しいけど、何が一番欲しいかって言われたら「みんなにすげえ」って言われたい。承認欲求だと思います。プロ野球選手にはなれなかったので、自分はすごいんだって誇示するには仕事での結果が必要だと考えています。あとめっちゃ寂しがり屋なんですよ。誰かと一緒にいたい、1人でいたくない。たぶん、それも原動力なんです。
― 寂しがりとは意外でした!ではこれまでに、店で起きた印象的な出来事を教えてください。
一人で始めた店に仲間が自然と集まってきて、今ではたくさんのスタッフや友人に支えられています。仙人掌さんが来てくれた時は気絶するかと思うほど嬉しかったし、矢部ユウナちゃんが来てYouTubeで紹介してくれたり、NF ZESSHOくんが「チョコレートめっちゃ美味いっす」って言ってくれたり、中野の「OLL KORRECT」や若手注目株の「STOICJPN」とも仲良くさせてもらったり、漫画を描いてるOWLEFがよくINCでライブペイントをしてくれたり。かっこいい人たちが自然と集まってくる場所になってる。それが自分にとっては一番印象的で、衝撃的です。FEL0’sのDJ LICKが加わってくれたのも衝撃でした。
―カウンターのターンテーブルが印象的ですが、 DJのミックスを聴きながらコーヒーを飲めるって最高ですね。
それが“普通”になるといいなと思ってやってます。元は、2023年の6月から夜営業を始めたのを機に、ライブ配信をしていたんです。でも著作権の関係でバンバン切られるんで、撮影を一度やめて、パーティーに専念することにしました。その後、12月くらいにYouTubeを再開しました。今度はライブ配信ではなく収録したものを配信という形で。たまに引っかかる時もありますが、ほぼ載せられてるので、著作権者に僕たちなら載せても良いって思われたんじゃないかなと思います(笑)。僕たちのYouTubeではDJのスキル、選曲、マインドとか、DJの本質が見せられてると思うし、いいフォーマットを見つけたなと思ってます。
― DJはどうやって選んでいるんですか?
クラブに行って「この人かっけーな」って思ったら声かけます。もちろん、ムロさんやKocoさんみたいな有名な方にも出てほしいけど、それ以上に僕は今関わってる仲間たちとどうにかなりたいと思ってるんです。それで一緒にニューヨークに行って、何かできたらカッコよくない?みたいな。そんな軽い気持ちです。僕から見てDJへの待遇は良くないって思うんで、DJの世界をもっとみんなに知ってもらって、DJが音楽をかけているのがもっと普通の世界になればいいなと。自分の役割はあくまでも黒子的存在で、みんなが気軽にDJできて、競争できる場所をつくる。家でやってるだけじゃ、なかなか上達しないと思うから。やっぱり人前で緊張感のある中でどれだけやったかがすごく大事だと思うので、そんな場をつくりたいです。
―いいですね!では、この周辺のおすすめエリアについて教えてください。
高円寺は大きな街じゃないけど、店が適度に密集していて、店同士の交流も盛んです。古着屋「SPOTMAN」、兵庫スタイルの鉄板居酒屋「ベゴハチ」、飲み屋「天クラブ」、最近オープンしたおもちゃ屋「PHIL」、阿佐ヶ谷ですが床屋「INASE PARLOR BARBER SHOP」など、個性的なスポットがたくさんあります。高円寺自体が個性的で、僕の周りにも濃ゆい仲間たちが集まってます。コーヒー片手に街を歩いて、その空気をぜひ楽しんでほしいです。
― 最後に、初めてこの店を訪れる人にメッセージをお願いします。
僕にとっての“自然な日常”は、音楽と一緒に過ごすこと。ここで音楽を聴きながら、しゃべったり、PC作業したり、子どもをあやしたり、時には踊ったり、そんな風に自由に過ごしてほしい。コーヒーを飲みながら、自分のペースで心地よくいられる場所になれば嬉しいです。
INCredible COFFEE
Address: 東京都杉並区高円寺北2丁目22−3 第2美々マンション 1階
営業時間、定休日:月曜日(2025年9月現在)
Website: https://stillsecret.theshop.jp/
Instagram: : @inccoffee2020